Re:石井紘基特集
2012年8月11日
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おわりに ― 「ベルリンの壁」の向こう側
日本にはベルリンの壁がある。その見えない向こう側に「ほんとうの日本」
がある。ベルリンの壁を取り払い、ふたたび明るい陽光を浴びる日本をとりも
どすために「ほんとうの日本」の一端を解明するのが本書の目的であった。
諸兄には、現実に示されている日本と「ほんとうの日本」とはまったく違う
ことが、いささかおわかりいただけたと思う。私たちが、この「ほんとうの日
本」を官権力の壁に閉ざされ見失ってきたところに今日のすべての問題の根元
があると、私は思う。
近年、とくに、経済政策がことごとく的外れとなり、国が迷路にはまってし
まっている。私たち日本国民は、いま、国が直面する難病のような事態を打開
するために、権力の壁を突いて自国の真の姿を明るみに出さなければならな
い。ベルリンの壁の向こう側で生起し、それが国家社会の質を決定づけている
山のように巨大な事実をつまびらかにしなければならない。
その手がかりはある。それは国会が持ち、したがって、国会議員が有する
「国政調査権」という部分的「権力」の発動である。私は、これまで、一(い
ち)国会議員の立場で、国家財政の実状や行政企業の実態、政治利権の仕組み
などを可能な限り調査してきた。
その結果、私は、わが国の経済分野への権力の侵出が、金と組織の広がり、
法律や政策の後ろ盾、その圧倒的な規模と量によって、社会の「質」を変えて
しまったという結論を得た。
つまり、権力による経済支配が、国家社会の基本的性格を自由主義市場経済
から官制経済という巨大な国家利権システムに転化してしまったのである。
経済の自由主義、政治の民主主義、道徳の博愛主義などの原理は、ある意味
では壊れやすい。民主主義には、独裁やテロリズムにつけ入れられやすい寛容
な一面があるし、博愛主義に、暴力をたたきのめすことはむずかしい。これら
の理想や原理原則の糸が切れてしまうと、独裁や暴力は暴走し、体制を支配し
てしまう。
市場経済もまた、権力がそのナイーブな糸を断ち切り、つけ入ろうとした瞬
間、たちまち後ずさりしてしまうのである。
私は、本書において、政官の一連の行動によって日本国が変貌し、もはや市
場経済から「官制経済」に移行したことの証明に努めた。こうした証明をしな
ければならないと考えたのには次のような経緯がある。
衆議院議員になって二年目の平成六年、あることがキッカケで、私は、特殊
法人を片っ端から調べてみた。
調べていくうちに政府系の公益法人やファミリー企業、それらを支える財政
の仕組みなどから、これまで誰にも発見されなかった「もう一つの世界」の実
態が次々に見えてきた。「もう一つの世界」は巨大な権益の世界であった。
権力の壁に遮(さえぎ)られて存在していた数々の事実は、国の実体を特徴
づける基本的で重要な事柄に思えた。本当の日本国は国民の目の届かない所で
つくられ進んでいたのだ。私は、地球が回っているのではなく、太陽が回って
いることを発見した思いだった。
別の言い方でいえば、日本には「ベルリンの壁」があるのではないかとの直
感がよぎった。すべての鍵は「ベルリンの壁」の向こう側にあるのではない
か。ほんとうの現実は「ベルリンの壁」の向こうに隠されているのではない
か。
私はそう仮説を立てた。そこがわからなければ国政のダッチロールは止まら
ないのではないか。一九八〇年代後期からの、わが国の経済政策はことごとく
ダメだ。雇用対策、金融政策、需要政策……。百数十兆円の景気対策も、暖簾
(のれん)に腕おしだった。国会議員としての役割りも、このままでは務まら
ない。
この事態は、単なる経済政策の失敗というような次元の問題ではない。経済
学者、経済評論家も分析不可能な、経済の次元を超えた問題だ。げんに彼らの
評論や予測はとんと当たらない。したがって、当然、「専門家」や「官僚」に
依存してきた政府の施策が的を射るわけがない。
私は一九六五年から一九七一年までソビエト連邦共和国のモスクワ国立大学
法学部大学院に就学した。私は、そこで「ソ連における国家意志の形成」とい
うテーマで研究に取り組み、社会主義システムの実態に触れることができた。
私が“鉄のカーテン”の内側に入ったのは、私が彼(か)の国にあこがれたか
らではない。じつは、私は、当時、ソ連を「官僚制国家資本主義」の国と考え
ていた。その社会主義を標榜(ひょうぼう)し社会主義の盟主たる、外からは
うかがい知れない国を直接みたかったのである。そのソ連は、九〇年代の初頭
に滅亡した。国家崩壊の原因は経済の破綻であった。
私は、日本の「ベルリンの壁」の向こう側を調べていくうちに、かつて、私
が実態を見てきたソ連の姿と今日の日本の姿が次々に二重写しにみえるように
なってきた。国民にも専門家にもほんとうのところがみえない。権力が経済を
侵蝕し、権力による分配経済の下、うわべの数字と裏腹に国家破綻が進行す
る。
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